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とらいあんぐるすいーつ(笑)

例大祭に出そうと思っていた作品ですが、ここで公開します。
鹿山さんがエクストリームしすぎて、出せませんでした。すいませんでした。

続きからどうぞ。
日が昇り、そろそろ人々の活動も活発になってくる頃。
人里に奇妙な少女が現れた。
舌の生えたナスのような番傘を差し、手に持った紙袋をブンブンと振り回して軽快なステップを踏んで歩いている。
少女の人間離れした風貌と、そのあまりにも不審な様子に、周囲の人間は近づくどころか、目を合わせることすら躊躇っていた。
しかし、そんな周囲の様子など彼女はお構いなしだ。
目下、彼女にとって最大の関心事は手に持った紙袋の中身である。
その中身は、彼女が朝早くにとある有名なお店に並んでまで購入した一品である。
彼女は立ち止まり、紙袋を胸に抱くと、左右で色の異なる目をキラキラさせながらつぶやいた。
「えへへ……ナズちゃん喜んでくれるかなぁ?」
少女の名前は多々良小傘。人を驚かせることを至上の喜びとする妖怪である。
この人里の住人のほとんどは、一度は彼女に驚かされていた。
しかし、彼女は人を驚かせるものの、それ以上は特に何もしないために、基本的には無害な妖怪として認識されている。
なお、彼女に驚かされて心の底から驚いた者は一人も居なかったそうだ。
そんなことも露知らず、彼女は本日の目的地である命蓮寺へと急ぐ。
命蓮寺とは、最近人里近くにできた寺のことであるが、宝船が寺になったことから、御利益があると話題になっている寺である。
最も、妖怪である彼女が霊験あらたかな地へと、わざわざ俗な願いを持って向かうわけがない。
そう、彼女はもっと俗な――――否、純粋な目的を持っているのだ。
その目的とは、先程彼女が呟いた言葉の中にあるナズちゃん、ことナズーリンである。
先の異変で、偶然知り合った2人は(小傘が一方的に)親しくなり、(小傘が強引に)ナズちゃんとまで呼び合う仲となった。そして、今日の小傘にはある狙いがあった。
それは、
「……今日こそは……今日こそはナズちゃんに……キ、キキキ……キ……キス…してもらうんだから!」
小傘の目に、静かにだが、燃え上がるような炎が宿る。
その異様な雰囲気に、少し離れて様子を見ていた人々は足早に立ち去るのだった。
しかし、自分の世界に入り込んでしまい、周りの様子など気に掛けることのできない小傘は、それを良いことにますます深みに嵌ってしまい、遂には、
「――――やだナズちゃんったら強引なんだから……わちきはそんなこと……でも、ナズちゃんになら……」
頬を赤く染め、いやんいやんと頭を振る小傘。
それを見てか、先程まで足早だった人々は、わき目も振らず全力でその場を後にする。
小傘の挙動不審はしばらくの間続いたが、やがて何事もなかったかのように歩き出した。
これがきっかけかどうか分からないが、後に幻想郷縁起には、比較的安全だが何を考えているのかよく分からない妖怪、と記されることになる。


    ▽


「……あれー? ナズちゃんいないなぁ……」
命蓮寺に到着した小傘は、ひとまず目的のナズーリンを探したがまったく見当たらない。
彼女の自室は勿論のこと、彼女が行きそうな場所をあらかた探し回ったのだが、そのどこにも彼女は居なかった。
これにはさすがの小傘も焦りを感じ始める。
一番手っ取り早い手法は誰かに聞くことなのだが、そもそも小傘はこの寺の関係者とそれほど親しいわけでもない。
その上、人を驚かせることはできても、コミュニケーションスキルが若干乏しい小傘にとって、見知らぬ人間に話しかけるということはかなりハードルの高い行動なのである。
しかし、恐らく誰かに聞かなければ色々と多忙なナズーリンの居場所を知ることはできないだろう。
聞くべきか否か、深い葛藤の中で悩む彼女を見て、周囲の人間は皆、何か困っているのだろうか、手を貸すべきなのだろうか、と思って近づこうとする。
が、葛藤と戦う彼女にはもはや周りを見ることなどできず、その上ますます唸りを上げる彼女を気味悪がり引く周囲、更に 唸る彼女と、逃げ出す周囲。
このやりとりは、しばし続いた。

    ▽


「……これは……どういうこと?」
姐さんとの楽しいお茶の時間を過ごした私は、偶然この道を通ったが故に頭の痛い光景を目のあたりにすることとなった。
頭巾だけにズキンと痛む頭を押さえて、とりあえず現状を確認してみることにした。
見知った少女――――多々良小傘が、ブツブツと何かを呟きながら不気味な様子で考え込んでおり、それを見た参拝客が逃げ出している。…非常に由々しき事態だ。
このまま彼女を放置すると、恐らく悪評によって参拝客が減ることになる。
そうなれば姐さんは勿論のこと、皆も悲しむだろう。
それはなんとしても避けなければならない。
今、私が早急にしなければならないことは彼女の挙動不審を一刻も早く止めることだ。
しかし、雲山に門を任せてきたのは失敗だった。雲山がいればもっとスマートに事を運べた筈なのに……いや、過ぎた事を 悔やんでも仕方ない。今はこの現状をどうにかしなければ…
そこまで考えた私は、意を決して彼女に近づき、小さく息を吐くと声をかけた。
「こ、こんにちは多々良さん。こんなところで一体何をしているのかな?」
「――――無理無理、だってわちきにとってそんなことできるわけ、でもやらなきゃナズちゃんに会えないし、でもでもやっぱり恥ずかしいし……」
「あのー……聞いてますか?」
「――――きゃああああぁぁぁッ!」
ずざぁ、と盛大に転んだ後、逃げるように後ずさる多々良さんだが、私はそれどころではない。
鼓膜が破れんばかりの大声を至近距離で浴びた私は、その場にぺたりと座り込んでしまっていた。
ぐわんぐわんと揺れる頭では自分が何をしているのか、何をしようとしているのかも分からず、ただ呆然と頭の痛みが引くのを待っていた。
ようやく痛みが引いてきた頃、少し離れたところから声が聞こえた。
「……わちきを驚かすなんて……只者じゃない……雲居さんは只者じゃなかったんだ……」
何やら感服したような声が聞こえ、次の瞬間、
「す、すごいよーくもいさーん!」 
「――――やめてーッ! 頭が…頭が大変な事に!」
前後にガクガクと揺らされて、ようやく収まりかけた頭痛が再来するが、そんなことにはお構いなしの多々良さんは手を止めない。
今の彼女に私の言葉など届くわけもなく、誰かに止めてもらおうにも先程の奇行によって周りには誰もいない。したがって多々良さんが疲れて止まるまで、私は耐えるしかなかった。
しばらくしてようやく落ち着いた多々良さんは、今にも昇天しそうな私を見て顔を青くし、慌てて頭を下げながら謝った。
「ごめんなさい! わちきのせいで雲居さんが!」
「だ、大丈夫だから……全然問題ない……けど、ちょっと休ませてください……」
「ゴメンナサイゴメンナサイもうしませんもうやりません!」
「……はぁ……それで、多々良さんはここで何を?」
「ふえぇ? それは、そのー……あのー……」
「ああ……ナズーリンね、居なかったの?」
「そ、そうなの! 探したのにどこにもいないの!」
「ナズーリンねぇ……さっきは見なかったから、もしかすると出ているかもしれないわ」
「そうなんだー……」
しゅん、と落ち込む多々良さんが可愛らしく、思わずキュンッとなってしまったが、そんな可哀想な様子の彼女をいつまでも放っておく訳にもいかず、慌てて付け足した。
「で、でもナズーリンのことだからきっともうすぐ帰ってくるわよ! それまで私の部屋で待っているっていうのはどう?」
「……いいの?」
「勿論! 困っている妖怪はとにかく助けろって姐さんにも言われているから、さぁ、そうと決まれば早速行きましょう!」
「ぐすん、こんな私に優しくしてくれるなんて……世の中捨てたもんじゃないね」
「大袈裟ね……あら、その紙袋もしかして」
「おお! 良いところに気がついたね」
「ええ、里に最近できた美味しい洋菓子店の物ね。あら、ナズーリンのために買ってきてくれたの?」
「う、うん」
「大丈夫、取りはしないから。でも中身はちょっと気になるわね。…見せてもらっても構わないかしら?」
「それくらいならお安い御用だよ!」
「実はそのお店、前からちょっと気になってて……今度お茶請けとして出そうと思っていたんだけど……」
多々良さんから差し出された紙袋を受け取ると、中にあった紙箱を丁寧に開けてゆく。
なにせ、とある新聞にも何度も取り上げられた有名店の品だ。否が応にも期待が高まる。 が、箱を開けた私の目に飛び込んできたのは、見るも無残な、箱の中でグチャグチャに飛び散った物体だった。
これには私の表情も凍った。
そして、多々良さんも私の表情が固まったことに違和感を覚えたのであろう。どうしたのだろうと私の手元を覗き込み、固まった。少しの間、時間が止まったように私たちの行動の全てが停止した。
先に動いたのは、多々良さんだった。
固まったままの表情が次第に青くなり、そして、目に涙をにじませると、
「――――ど、どうしよう?! 折角買ってきたのに、こんなことって!」
「おおおお、落ち着いて多々良さん! 大丈夫、今すぐに買ってくれば良いのよ」
「むむむ無理だよ! だって私で最後だったんだもん! 今日は絶対に手に入らないよぉ……」
「あわわわわ……な、泣いちゃ駄目よ! こんなところを姐さんに見られたら間違いなく……ヒィィィ!」
思い浮かぶ限り最悪のシナリオを考えてみる。
多々良さんが泣いている→姐さんに見つかる→妖怪を泣かせた私の未来は→南無三。
最悪だ……最悪すぎてもはや完璧だ……また頭が痛くなってきた。
こうしている間にも、多々良さんは泣きそうになっていく。
ええい落ち着け雲居一輪! 先の姐さん救出だって、この頭脳で幾度となく問題を解決してきたじゃないか、この程度のことも乗り越えられなくて、一体姐さんに何を教わってきたんだ!
考えた、私はとにかく高速で、そして確実な解決策を導きだすために考えた。
「……ぅう…ひっく……」
うわあ泣き出した……しかし、この期に及んで私が何も思いつかない……だと……いや、あるはずよ、諦めちゃダメ一輪ファイト。きっと草葉の陰で水蜜も応援してくれているはず、諦めたらそこでゲームオーバーよ。ほら、言うじゃないケーキがなければ作れば…
「それだ――――ッ!」
「ひいいいぃッ!」
なんという発想の逆転、ないなら作ればいい…それだけの話じゃない!
「あ、あの……雲居さん……どうかしたの?」
「ウフフフ、何でもないのよ多々良さん。ウフフ……」
「……そうなの?」
「ええ、たった今、最高の解決策を思いついたわ、ケーキがないなら作ればいいと!」
ビシッ、と多々良さんに向かって指を突きつける。
私の勢いに圧倒されてか、涙が止まった彼女に更に告げる。
「確かに一流店の品物には劣るかもしれない……けどね多々良さん、私は思ったの、手作りに勝る品は存在しないと!」
「――――――――ッ!?」
「既製品には込められない物を、手作りなら込められる……そうじゃない?」
ハッとした表情にを浮かべる多々良さんに向けて、私は念を押すようにウインクをした。
多々良さんは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと私の手を取り。
「……すごい……やっぱり雲居さんはすごいよ!!」
「そんなことないわよ。でももっと褒めて!」
「私、そんなこと考えもしなかった…。美味しい方がナズちゃんも喜ぶだろうなぁって。でも雲居さんに言われて分かったの、大事なのは気持ちなんだって!」
「そう、気持ちよ! 世の中ラブ&ピースなのよ!」
「でも、わちき作った事ないから……お願いします雲居さん、わちきにケーキの作り方を教えて下さい!」
もの凄い勢いで頭を下げる多々良さん。
その風圧で頭巾が飛びそうになるが、一向に構わない。
そして私は何も考えず、胸を張って言った。
「ええ、勿論構わないわ。任せなさい!」
 後の私は、あの頃に戻れるのなら、もっと違う選択肢を選びたかった…そう語った。


    ▽


「……はぁ……全く、ご主人様の紛失癖はどうにかならないものかなぁ……」
一仕事終え、ようやく自室へと戻ってきた私は誰に言うでもなく独り言。
とにかく、愚痴の一つもこぼさなければやってられるものか。
というのも、今朝早くにご主人様に叩き起されたかと思えば、また宝塔をなくしたので探して下さいという話だった。
折角の至福の時を邪魔するだけでなく、もう絶対になくさないと、なくす度に言い続けそれでもなくすご主人様に、一瞬殺意を抱いたが、それでもやはり相手はご主人様ということもあり、今日も私は黙って命令に従ったのであった。
それにしても、色々と探し回った結果、何故かご主人様の部屋においてあったのにはさすがの私でも暴言が出かけた。…というか少し出てしまった。
あの時のご主人様が浮かべた表情には少々心が痛むが、これでご主人様の悪癖が治るのならば、喜んで悪役になろう。これからどんどん厳しく接していくのもやむを得まい。
……別に夢見が良かったのに起こされたから怒っているわけではない。断じてない!
でも…あと少しだったのになぁ……はぁ、夢だとあんなにうまく行くのに……まぁ、現実で彼女が私なんかにケーキなんて作ってくれるハズもない。それなのにあんな夢を見るなんて……色々と鬱憤が溜まっているのかな……
はぁぁぁ、と先程よりも深く長いため息をつくと、ゆっくりと床に倒れ込む。
朝からの重労働で疲れていたこともあり、次第とまぶたが重くなる。
このままだと眠ってしまうな…そもそもこんな時間に眠るのもどうだろう…?でも、それもいいかもしれない、などと思い始め、実行に移そうとする。
しかし、私が夢の世界へと旅立つ寸前、私を引き止めるものがあった。それは、私が心の何処か奥底で待ち望んでいた香り、仄かに漂う甘い香り。
これは……まさか……
がばぁッ、と立ち上がると先程までの眠気もなんのその、戸を蹴破る勢いで部屋を出ると脇目もふらず食堂の方へ向かって駆け出した。
もう私には前しか見えない。
食堂は自室からそれほど離れてはいないものの、普段はあまり気にしたことのない距離だが、今はそれすら疎ましい。
今、私は風になっている、間違いない。
もっと速く、もっと走れるはずだ。今の私ならそれを可能にできるはず。
「あ、どうしたナズーリ――――うぎゃぁぁぁッ?!」
何か船長の格好をした船長のような妖怪を撥ね飛ばした気がしたが、後ろを振り向く余裕などないので、気にしないことにする。
やけに鈍い音が響き、呻き声のようなものが聞こえた気もしないことはないのだが、きっと気のせいだ。
無心で駆け抜けること十数秒、ようやく食堂へと到着する。
たったこれだけの時間、これだけの距離を移動しただけなのに、今の私は何かとてつもないことを成し遂げたような充実感を得ていた。
荒い息を整えるように深呼吸すること数回、意を決してゆっくり戸を引き、中へ。
中に入ると、やはり私の嗅覚に狂いがなかったことを証明する物的証拠があった。
テーブルに置かれた円筒、甘い香りにチーズの香りが加わった素敵な洋菓子。これはまさに私が夢にまで見た、
「……チーズケーキ……君がどうして……ここに?」
誰かが買ってきたのだろうか。いや、それにしてはあまりにも見た目がよろしいとは言えない。
つまりこれは誰かが作った物……しかし誰が作ったんだ?
船長が作ったとすれば、間違いなくこれは私を嵌めるための罠だろうし、ご主人様だとすれば私へのねぎらいの意味を込めているのだろうが、ご主人様にこのようなものを作る技術は存在しない。
それならば聖かと考えたが、そもそも聖にこのようなものを作ってもらう義理がない。
そして最後に彼女のことを思い浮かべ、思わず赤面する。
いやいや、待て待て私、彼女が私に対してそんなものを作ってくれるはずないだろうが。そ、そんな嬉しいことが起きてみろ、私は今すぐにでも心臓発作で妖怪なのに死ぬぞ!
ドンドンと、思い切り床を踏みつけ、頭をブンブンと振ってしまうが、それ以外にこの妄想を止める術がない。
荒い息を吐きながら、妄想を止めようとしている私を現実に引き戻したのは、おおよそここで聞くはずがないと思っていた声だった。
「――――ナズちゃん、もう帰ってきたの?」
「小傘…?…ああ、今しがた戻ったところだけど、どうして君がここに?」
「それはね、エヘヘ……もう見ちゃったかな? その、テーブルの上に置いてあるものを」
「……もしかしてこれは君が」
「そうだよ。これはわちきがナズちゃんのために一生懸命作ったの!」
指を突きつけられて宣言された言葉の意味を、一瞬理解することができなかった。だが、なんのことはない、このチーズケーキは私のためのものだということだ!
なんと嬉しいことだ。要するに、このケーキ別に食べてしまっても構わんのだろう!?
しかし、そう思って見れば見るほど素晴らしい出来に感心せざるを得ない。プロに及ばずとも、十分に食欲をそそる外観… これほどの才能を隠し持っていたとは、妖怪も見た目で判断してはならないなぁ、と私はこっそり彼女に対する評価を改めたのであった。
そんな私の感心したような視線を受けてか、彼女は慌てて両手をぶんぶん振ると、
「違うよ、わちき一人で作ったわけじゃないよ!」
「……そうなのかい?」
「うん、実は一輪さんに手伝ってもらったの!」
「……一輪に……どういうこと?」
「あはは……色々あってねー……わちきだけじゃあこんな立派なの作れないよー……」
遥か遠くを虚ろな目で見ている彼女に、これ以上このことを追求するのは、何か気が咎められた。
しかし、一輪が手伝ったという事実で今までこのケーキに抱いていた疑念が全て解けた。
もし船長が手伝っていたとすれば、間違いなく危険な物品であったからだ。彼女はそういう妖怪だ、間違いなく食べた私が悶え苦しむのを陰でほくそ笑むだろう。
だが一輪なら安心だ、いやむしろ先程から胸の高鳴りが止まらない。間違いなくあれは私の欲求を満たす一品だ、一刻も早く口にしたい、満たされたい。
逸る気持ちを抑えつつ、まずは一息入れるために私は言った。
「……それでは私はお茶を入れてくるから先に座って待っててもらえるかい?」
「わかった! ナズちゃんに入れてもらえるなんてー……頑張った甲斐があったなぁ……」
ボソボソ呟いているが、少し距離があることと声が小さいために何をいっているのか聞き取ることができない。
それよりも今は小傘よりも自分の事だ、少しでも気持ちを落ち着かせて事に当たるべきと思いながら、食堂奥の厨房に入る。
茶筒はどこだったか、そう考えながら棚の方に目を向けて、そして絶句した。
私の視界に入ってきたのは、完全に憔悴しきった表情を浮かべ、虚空を見つめて座り込んでいる一輪の姿だった。
そのあまりにも異様な様子に思わず息を飲んでしまったが、はっと我に返ると慌てて彼女を掴んで激しく揺さぶる。
「お……おい一輪!?」
「…………」
「何があったんだ……?」
一輪から少し目を離して周りを見回し、絶句した。
床には飛び散った元材料。机にはどうやって作られたのだろう青色のケーキらしき物体。そして、焦げ付きを通り越して炭化している鍋。これらを見た私は、一輪の苦労を想像し思わず涙し、そっと呟いた。
「……小傘は……料理苦手だったんだね……」
「……ウフフフ……まさかここまでとは……予想できないわ」
「いや、流石にここまでとは誰にも予想できないから」
「はぁ……何か発言するときは、それが重大な責任を持つということを理解しないと、私みたいになるわよ……」
「ああ、気をつけさせてもらうよ……」
「でも、一応上手には作れたみたいだから、安心して食べていいわ」
「それは良かった……本当に良かった」
一輪のお墨付きに、ほっと胸をなで下ろす。
あんな失敗作を見せられて心配にならない者がいるだろうか、いや、居ないだろう。あれでは、たとえ聖のような聖人君子であっても、食べることを躊躇うはずだ。
そして、ようやく落ち着きを取り戻した一輪はそれまでの苦労を語りだした。


    ▽


私は先程までに起こったことを包み隠さず話した。
特に、材料をただ混ぜていただけなのに、まるで染料を使用したかのように鮮やかな青色になったという話をすると、明らかにナズーリンの表情が凍りついていたのを、私は見逃さなかった。
その表情を見て、それを出すのも一興かと一瞬考えたが、色だけでなく刺激臭を発するなどの問題があったので、やはり処分してよかったと、あの時の自分の判断に狂いがなかったことを再確認する。
「……とまあ、色々あったけど上手く行って良かった」
「下手したら大惨事を招きそうだった状況を、色々で片付けるその精神には脱帽するよ……」
「あはは、褒め言葉として受け取らせてもらうけど、早く食べてあげなよ……あいたッ!」
「どうした?」
何気なく机に置いた右手の人差し指に、一瞬遅れて訪れる鋭い痛み。慌てて確認した指先には、何かの破片で傷つけたであろう小さな傷と、そこから流れる少量の血液が見えた。が、痛みの割には大したことのない傷に少しの安堵を覚える。
そして、少し遅れてナズーリンも私の指先を覗き込み、
「おや……一輪、大丈夫かい?」
「驚かせてごめん……妖怪のくせにこんなので驚いちゃって」
「いや、妖怪と言えども怪我はするし、早く手当てしないと」
「大丈夫だって、この程度の傷、放っておいても大丈夫だから」
「そ……そういう訳にもいかないだろう!」
私たち妖怪にとってはこの程度の小さな傷、少しの時間があれば完治する。
それが彼女に分からないはずもないだろうし、それこそ、あっさりと流すと思っていたのだが、どうしてナズーリンがそこまで焦るのか理解できない。
そんなことよりも、早くナズーリンに小傘ちゃんの作ったケーキを食べさせてあげたい、と思っていた私は、無意識のうちに傷ついた方の指をナズーリンに向かって突きつけた。
「私はいいから、早く小傘ちゃんのとこ――――」
「……はむ」
「――――ひうぅ!」
何が起きたのか理解出来ていない私を尻目に、ナズーリンが傷口に沿って舌を動かす。
身の毛がよだつ感覚に、覆わず変な声が漏れてしまうがそれでも彼女は舌を動かすことを止めようとはしない。
色々な言葉が頭をよぎるが、最終的に思いついたのは、こいつは何をやっているんだ、という言葉だけだった。
一先ず引き離そう、そう思った私はナズーリンの肩に手を置き……そして、背後から誰かの気配を感じた。
チクリ、と突き刺さるような視線を感じ、恐る恐る振り返ると、
「――――ッッッ!」
扉の隙間から、鬼のような形相でこちらを見る小傘ちゃんがいた。
彼女の視線とこちらの視線とが合う前に、慌てて視線を反らすが…どうしてだろう、汗が吹き出して止まらない。
少ししか見ることができなかったが、彼女は明らかにこちらに対し敵意を持っており、測定不能の握力によって扉が変形し始めていた。
これはきっとアレだ、彼女はなかなか来ないナズーリンを心配してこちらを覗いてみたところ、何か変なことをしているのを発見してしまっただけ。今ならまだ間に合う、早く彼女の誤解を解かなければ、大変な事になる。
焦りを抑えつつ、私はナズーリンに話しかける。
「ナズーリン! 私はもう大丈夫だから、もういいから!」
「……ん……はむ……けど、まだ血が止まってないし……」
 妙な水音を立て、顔を赤らめてナズーリンは言う…でも、そんなこと言っている場合じゃないって!下手に誤解されたら……ああもう、後ろから破壊音が聞こえてきたー……。
「……す………雲居……ろす……」
背中で感じる確かな黒いオーラに加えて、可愛らしい声からは想像も出来ない物騒な言葉が聞こえてきた気がしたが、きっと気のせいよね!
というかそもそも、ナズーリンがこんなことをしなければ、私が小傘ちゃんから睨まれることはなかったはず、むしろ、さっきまでは感謝されていたのに……。
とにかく、早くナズーリンは私から離れるべきだ。大体、あんなにも圧倒的なオーラに気付かないなんて……聡い娘だと思っていたらこんなオチだなんて聞いてないよッ!
しかし、私の焦りにも気がつかない鈍感娘は、ようやく指から口を離すと、やれやれといった感じでお説教を始めた。
「全く……君は聖の教えを重視しすぎて、自分をおざなりにする傾向が多々あるね。別にそれが悪いと言いたいんじゃなくて、そうだね……少しは自分のことも気を配ってみたらどうかな、と私は友人として言わせてもらうよ」
いや、貴方にだけは言われたくなかった言葉ナンバーワンです。
反応のなかった私に不満だったのか、先程よりも顔を近づけて、念を押すように彼女は言った。
「一輪……返事は?」
「……以後気を付けるわ……これでいい?」
「ああ……でも、これだけ口をすっぱくするのには理由もあるんだよ?」
「そうね……私がこんなんじゃあ、姐さんにも迷惑がかかるものね……」
「ま……まあ、それもあるけどね……」
「……………? それも、って他にも理由があるの?」
「――――ッ! 今のは聞かなかったことにしてくれ!」
「顔が近いッ! 離れて、今すぐッ!」
ぐいっと顔を真っ赤にして近づけてくる彼女を慌てて押し戻す、背後の黒オーラが一層濃くなった瞬間でした。
もうこれ以上ここに居たくない、これ以上留まると命が危ない、そして私は覚悟を決めて足を動かした。
「そ…それじゃあナズーリン。後は宜しくね……小傘さんに宜しくお伝え下さい……」
「…………ああ?」
ぎこちない動きで一歩、また一歩と踏み出し、小傘ちゃんの居る扉とは別の扉へと向かう。
そして、あともう少し、もう少しで外に出られる、そう思っていた私の背後から、とんでもない発言が聞こえてきた。
「……全く、言えるはずないじゃないか……君が好きだからこそ、心配をかけさせないでくれなんて……」
その瞬間、私はドアをぶち破って全力疾走し、同時に大絶叫が命蓮寺に響き渡ったのだった……


    ▽


「あらあら、今日も賑やかねぇ」
「食堂の方から聞こえましたね……聖、私たちもそろそろお茶にしましょうか」
「そうね、星」
……命蓮寺は今日も平和だ。

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プロフィール

鹿山アトリ

Author:鹿山アトリ
もみあや大好き。あとにとひなも。
と言いつつ、雑食気味に色々書いていきます。

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ツイッターはじめました。
ついった

基本的にリンクフリーですが、
相互リンクの場合でも、何か一言下さるとありがたいです。

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